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 小倉の街は、七月に入るといたるところで
「ドンガ、ドンガ、ドンガ・・・」と太鼓の勇ましい
音が響き、夏の暑さとあいまって、街全体が
熱気と興奮につつまれる。

 小倉を代表する夏祭りである
「小倉祇園太鼓」の始まりである。
小倉祇園太鼓は、全国的にも珍しい両面
打ちを特徴とし、その打法は著しく発展を
遂げた。昭和三十三年四月、民族的に重要
であることから、福岡県指定無形文化財
(昭和五十一年四月に福岡県指定無形民族
文化財に指定替え)に指定された。

 小倉祇園太鼓の伝統的な姿は、山車の前後に直径約一寸五尺の太鼓を据え、
山車を曳きながら打つというもので、太鼓二台の両面打ちで四人、ジャンガラ二人、
計六人というのが、基本的な構成である。また、衣装は、向こう鉢巻に浴衣又は法被、
白足袋に草履というのが基本である。太鼓は面によって音が異なり、低く腹に響く音が
する面をドロといい、小倉祇園太鼓のリズムをとる。もう一面はカンといい、高い軽やかな
音がし、メロディーとなる。これをジャンガラという摺り鉦に合わせて、品よく、しかも
力いっぱいに打つ、地味にたたいて、よく鳴らす、というのが正道であり、ジャンガラとドロ、
カンが織り成す勇壮な音が小倉祇園太鼓の特色でもある。

 祇園太鼓の打法は、町内によって若干異なるが、やはり原則的な打法、基本的なリズムと
いうものがある。それを基本に各人各様の工夫を凝らしており、これが祇園太鼓の
おもしろさといえる。そして、これが積み重なって、現在の各町内の打法が完成したのである。

 今を生きる我々は、こうした小倉祇園の伝統を絶えず意識し、全国に誇れる祭りに育てて
いかなければならないのである。

 山 鉾

大門町山車

最上端は軍配、次が雲、
その下が「大門町」扇額
に竜の彫刻。


明治21年=1888建造

 明治の頃は、廻り祇園という風習が残っており、各町内が御神幸に
従い、山鉾や太鼓を連ねて、街を練り歩いたという。しかし大正初期には、
電線の架線が進み、街中では山鉾を曳くことが次第に困難になり、
町内に据えるようになった。こうして、徐々に祇園から姿を消していった
山鉾は、現在では、紺屋町、古船場町、大門町、堺町、西加治町の
5基だけが残り福岡県指定有形民族文化財に指定されている。

 山車所有町内会の要望により、小倉城400周年を記念して、また
小倉祇園祭の歴史を広くアピールするとともに小倉祇園祭の象徴として、
5基のうち大門町の山鉾を小倉北区役所市民ロビーに展示することに
なりました。

※他の4基については歴史博物館(八幡東区)と小倉城に展示されています。

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